人を殺す

ボクは魔王の手下だ。
その日は、魔王から「修行のため230人ほど殺して、宝物を取って来い」という命令が下った(たくさんの人間を殺すと宝物が手に入る仕組の世界。ゲームみたい)。ボクは人間を殺した経験がなかったので、ものすごくそれをすることに恐怖を感じていたが、同じくらいひどく魔王のことを恐れていて、その命令に従わないわけにはいかず、人間界に向かった。
人間界は、なぜかはじめのうち、三国無双的な世界だった。どう見たって高層ビルが立ち並ぶような都会の街並みなのに、馬超が遠くからかけてくるわ、雑魚兵がたくさん出てくるわで、最初の50人くらいはゲーム感覚だった。「人を殺している」という感覚もなかった。しいて言えば、「人を倒す感覚」っていうのかな。しかし、50人以降、三国無双的なポリゴンチックなキャラは現れなくなったので、仕方なしに街を歩いている人間を殺していくことに決めた。
ボクが持っていた武器は、投げても投げてもなくならない槍(ゲーム【魔界村シリーズ】の主人公が最初に持っているような武器を想像してもらえると分かりやすいかも)であり、ボクはこれを次々に人々の心臓めがけて投げつけていった。スーツを着たビジネスマンも、重たそうな荷物をもったおばあちゃんも、みんな殺した。心臓に槍がささると、人は死んでいった。たまにすぐに死なない人間がいたので、そのときには、2本目、3本目を刺した。夢、ということもあって血が生々しく表現されていなかったのがせめてもの救いではあったが、さすがに、無抵抗の人間を殺すのは胸糞が悪かった。それでも、魔王の命令なのでしょうがないのだ、と思い、ボクは作業を続るしかなかった。
ちょうど230人を殺し終えそうな頃、一人の男がボクの前に立ちはだかった。彼は、ボクの友達(普段の生活の中で)であり、さすがに殺すことができなかった。彼は、ボクの行動に対し、悲しみすら感じているようで、ボクの行動を止めようと後ろから追いかけてきた。ボクは魔王の手下で人間ではないのだが、歩行速度なんかは人間と変わりなかったので、何度も追いつかれそうになりはしたものの、なんとか逃げ切り、元の世界へと戻ることが出来た。
「そういえば、宝はどうしたんだろう」そう思って、腰にぶら下げていた箱の中を見ると、とても綺麗な鈴が一つ、入っていた。コレで魔王に怒られなくて済む。そう思ったボクは早速魔王の元に向かおうとした。と、その瞬間背後に人の気配。まさかと思って振り向くと、友達が立っていた。まさかここまで追いかけてくるとは・・・。
ボクは少しパニック状態になり、急いで魔王のいる部屋に向かった。当然のように友達が追いかけてくるが、もうそんなことを考える余裕などなかった。とにかく早くこの鈴を魔王に渡して、どこか一人になれるところへ行きたかった。魔王の部屋の扉を開くと、魔王はソファに寝そべっていた。しかしその目はしっかりとボクを見据えていて、その威圧感は普段となんら変わりなかった。扉から魔王のいるソファまでは10メートルほどの距離がある。そのソファに向かう途中に、後ろから友達が入ってきた。瞬間、魔王の表情が変わった。(この世界に人間を連れてきてしまったぐらいだから、魔王に殺されるのではないか)という考えが頭の中をよぎったが、ボクはどうすることもできず、立ち尽くしてしまった。友達はボクを追い抜いて魔王のソファへ向かう。
そして二人は話を始めた。いたって普通に。人間と魔王のやり取りとは思えないほどに。そして数分後、友達がボクに「こっちに来い」とでもいいたげに手を振る。ボクは、歩き方を忘れてしまったのでは無いかと思うほどにギクシャクした歩みで、二人の元へ向かった。
友達がボクに話しかける。
「宝物を出してよ」
ボクは腰にぶら下げた箱の中から鈴を取り出し、魔王に差し出した。すると魔王は嬉しそうな表情を浮かべながら、鈴を鳴らした。その音色はとても美しく、ボクは、人間を殺した対価として手に入るものとはとても思えなかった。魔王は満足したようで、ボクのことをほめてくれた。うれしいような気もしたが、何か心の中のモヤモヤが全く晴れないままだ。友達と一緒に部屋から退室した後、友達に聞いた。

「君は、誰なんだ」
「オレ?オレは、魔王の息子だよ」
「じゃ、じゃあなんでさっきはボクのことを追っかけたのさ」
「それも修行のうちなんだってさ。オヤジが言うにはね」
「・・・」
「オヤジは君に期待してるって言ってたぜ。今回はよくやったって。」
「・・・」
「まぁそう落ち込むなよ。最初はみんなそんなもんだから」

そう言い残し、彼は去っていった。
ボクの心にはどうしようもないやりきれなさだけが残った。

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そんな悪夢を見た。病んでる気がする。